田染幸雄の世界 自然との語らい

 
11
 
今回の 「東日本大震災」では
思いも寄らぬ多大な被害が出て
いつ復興できるか想像も出来ない状態が続いています。

田染の横浜の絵を見ながら
針仕事をする母が
傍らに座るまだ幼かった私にぼちぼち話してくれた
横浜時代の話、関東大震災の話を、
また、時折相槌を入れる祖母の話を思い出しておりました。
        ( 田染幸雄のデッサン12・横浜の街で )

1923年、大震災当時、母はまだ小学生だったそうです。


 なっちゃんの思い出・ 母から聞いた関東大震災の話

 なっちゃんのおじいちゃんは
 なっちゃんが生まれるずうっと前に死んじゃったの。
 〈 お酒に殺された 〉と言われるくらい
 お酒が好きな人だったとおばあちゃんは話していたけれど
 沖仲仕(おきなかし)という仕事をしていて
 若い人をいっぱい使っていたそうです。

 海産物の取引や、古鉄などを外国船から買い取ってそれを売ったり
 北海道からの豆やジャガイモの取引をしたり
 主に外国船との取引だったっておばあちゃんは話していたけれど
 なんだかむずかしくって、でもおもしろい話がいっぱいでした。


 〈 これがロシアのお金だよ・・ 〉と言って
 おばあちゃんから外国のお札を見せてもらったこともあったけれど
 ロシアという国で革命が起こって、日本に逃げてきた人もいたそうです。
 そのロシアのお金・・もう使えないことはわかっていたけれど
 おじいちゃんは、少しだけでもと、日本のお金と取り替えてあげたとか。
 〈 おじいちゃんは、やさしかったから・・ 〉と
 おばあちゃんは話していました。

 関東大震災のとき
 もしおじいちゃん達が助けに来るのがもう少し遅れていたら
 死んでしまっていたかもしれないって、お母さんは話していたけれど
 その時、なっちゃんのお母さんは、まだ数えで10歳だったそうです。

 ちょうど2学期の始業式が終わって家に帰ってきた時で
 〈 さあご飯! 〉とおばあちゃんが言って
 ちゃぶ台に向かったときに地震が起きたそうです。
 お母さんの妹(まだ7歳だった七重おばちゃん)も一緒。
  
 あまりに突然のことで、何がなんだか、何がどうなったのか
 まったくわからなかったってお母さんは言っていたけれど
 大急ぎで下におりようとしたら階段は曲がってしまっていて
 〈 そのまま押しつぶされてしまったんだねえ・・
 気がついたときには、家の下敷きになっていて・・身動きもできなかった・・ 〉

 〈 お母さんがね、何とかしなければ大変なことになってしまうと思って
 少しでも動こうとすると、七重が
 痛い! 痛い! 動いちゃだめ! って叫ぶんだよ・・

 そのうち、走って逃げていく人の姿も見えて
 何だか煙の匂いもしてきたようで・・
 声をかぎりに〈 たすけて! たすけて! 〉 って叫んだけれど
 みんな、みんな、自分達が逃げるので精いっぱい・・
 
 中には、立ちどまって、引っ張り出そうとしてくださる人もいたけれど
 家具や柱がじゃまをして
 〈 人手と道具がなけりゃあ、これじゃあ無理だっ! 〉

 お母さんたちに向かって
 手を合わせたり、おじぎをしてから逃げていく人もいたんですって! 

 〈 どのくらいの時間が流れたのか憶えていない 〉
 とお母さんは話していたけれど
 気がついたときには、
 おじいちゃん達が助けに来てくださっていたそうです。

 仕事で海に出ていたおじいちゃんは
 艀(はしけぶね)の上で地震にあって・・
 崩れていく横浜の町を見たんですって!

 〈 その頃お母さんたちは元町という所に住んでいたんだよ。
 海にも近い所だから、陸(おか)にあがったおじいちゃんや若い人達が 
 走りに走って助けに来てくれた・・ 〉
 〈 助け出されたとき、七重ったら、枕をしっかり抱えていたんだよ・・
 どうして手のとどく所に枕があったのかって
 その時の話が出るたびにみんな、不思議がったものだけど・・ 〉
 そしてその時の傷跡が、お母さんの肩にはくっきりと残っていました。

 〈 その当時、どうして間借りなどしていたのか・・
 煮炊きは下、食べたり寝たりは2階を使っていたから
 だから助かったんだねえ・・ 何が幸いするかわからない 〉

 おばあちゃんの話によると
 〈 横浜の扇町という所に住んでいた頃
 埋地の大火(うめちのたいか) といわれた大火事 があって
 寿町、扇町、翁町、松蔭町など4千戸近い家が燃えてしまって
 それで、中区の元町に引っ越していたの。
 もしかしたら、家を新築するまでの、間借り生活だったのかもしれない・・〉
 ということでした。

 助かったもののすべてを失ってしまったお母さんたちは
 関西の高砂にいた親戚の家で、避難生活を送ることになったそうです。

 そして高砂で、おじいちゃんは繊維工場に働きに行くようになったものの
 おばあちゃんにしてもなれない土地での、なれない生活
 何やかや、いろいろ気苦労も多かったようです。

 それでおじいちゃんが
 〈 少しでも早く、またみんなで暮らせるように頑張るから 〉
 〈 そうしたらすぐに迎えに来るから 〉と言って
 一足先に横浜に帰ったそうです。

 高砂に行く時
 〈外国の船に乗せていただいて・・
 アメリカ船だったように憶えているのだけれど・・
 でも、なれない船旅はそれはそれでまた大変だった・・〉

 たくさんの人が乗ったから、船倉のようなところでの寝起き・・
 幾日も幾日もかかったって・・
 はっきり憶えてはいないって言いながらのお母さんの話・・

 〈船が港に入ると、婦人会の人や町の人たちが、おにぎりやお茶や
 いろいろな物をふるまってくださったり
 なぐさめてくださったりして、とてもうれしかったの。
 でもね、みんな疲れきっていたから・・
 それになれない船旅でみんな酔ってしまっていたから
 なんにも欲しくはなかったの・・

 神戸の港に着いたときも
 婦人会の人たちが、食べるもの、着るもの、下着やらなにやら履物までも
 一人一人に手渡しして下さって・・
 その時の感激ったらなかった、忘れられないわ。

 〈 その次の年の9月、横浜に帰ることができたの。
 夜だったけれど、横浜駅のホームに汽車がすべりこんで・・
 ヨコハマ!ヨコハマ って駅員さんが叫んでいるのを
 聞いたときのうれしさと言ったら、言葉もなかったわ・・

 そしてね、人力車に乗って横浜の市街を通ったときには
 バラック建てだったけれどたくさんの家が並んでいるのを見て
 ほんとうに驚いたものよ・・
 そして、そのころはやっていたのが復興節っていう歌・・
 横浜や東京の立ち直りの早さを歌ったものなんですって・・ 〉

 でもね、みんながまた横浜で暮らせるようになって何年かたったとき、
 おじいちゃんは死んでしまったんですって。
 そのときのおじいちゃんの年は49歳、誰もがね
 〈 まだ若いっていうのに、惜しい人を無くしてしまったものだ・・〉って

 〈 ほんとうにお酒が好きな人だったから、葬儀の日には、
 家の前に酒樽を置いて、道行く人に飲んでいただいたものよ・・〉
 っておばあちゃんは話していたけれど・・

 〈 亡くなる前の日にはねえ・・
 コップになみなみとお酒をついで、枕もとに置いたんだけれど、
 そのお酒を見ながらにこにこ笑っていただけで、
 とうとう手をつけようとはしなかった・・ 〉ですって。

 おばあちゃんは、
 〈 あの震災では、東京の下町に住んでいた親戚や知り合いのほとんどが
 死んだり行方不明になってしまって・・ 〉
 お母さんも、
 〈 そう言えば、親戚に、刺繍屋さんもいたわねえ。
 たくさんのお針子さんを抱えてて・・
 おぬいさんとおきぬさんっていう双子の子もいて・・
 お母さんの従妹だったんだけれど、震災でいなくなってしまったの。 〉

 〈 そしてこんどの戦争だろう・・
 身内がほとんどいなくなってしまったねえ・・ 〉









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14
 
 なっちゃんの思い出


〈 こんな絵を描いていた頃もあったなあ・・ 〉
と言って、田染が1枚の絵の写真をみせてくれました 。
〈 どこかで見たような気がする建物 ・・ 〉 と私
〈 有楽町の赤レンガの建物さ 〉 と彼は言います。
〈 見たはずよ! 昔その辺りにはよく行ったことがあるから 。
でも、小学校2,3年の頃だから、昭和22,3年・・ 〉
〈 またずいぶん昔のことを思い出したものだねえ・・ 〉

その時彼の手にあった写真を探してみたのですが、見つかりませんでした 。
その代わり、同じ頃描いた有楽町界隈のデッサンがありましたので
紹介いたします 。


  IMG_0011ss.jpg
   上京して間もなくこの絵を描いたと申しておりましたので
   1958,9年頃(昭和33,4年)ではないかと思います。




高円寺のころ  ―おつかい 有楽ビルへ-

60年以上も昔、幼かった私が一所懸命歩いていたのは
赤レンガの建物が立ち並ぶ静かな道でした。

 
昔コックとして郵船に勤務し、船に乗っていた伯父は
戦後そのつてで、占領軍のコックとして住み込みで働くようになっていました。
そこが、有楽町の赤レンガ街の一画にある建物、
私たちはその当時、その建物を有楽ビルと呼んでいました。


 なっちゃんが学校から帰ってきた時
 〈 早くごはんを食べて、これをじいじのところに持って行ってちょうだい 〉
 とばあばが言いました。

 いつものようにばあばは
 洗濯して、こてを当てた真っ白なコックさんの帽子や上っぱり
 下着やら何やらをきちんとたたんで風呂敷につつみ
 お母さんが縫った手さげ袋に入れて、なっちゃんを待っていました。

 高円寺駅から東京駅まで省線電車に乗ったなっちゃんは
 いつものように、丸の内南口から外に出ました。
 左側には大きな郵便局、向かい側には丸ビルがあります。

 その丸ビルの横を通り過ぎて、左に曲り少し歩くと
 右側に有楽ビルはありました。

 そしてじいじ達が暮らすお部屋は
 有楽ビルのうす暗い細い階段を3階まで上がった所にありました。

 2段ベットが3つ置いてあって
 6人のおじちゃん達がそこで暮らしています。

 部屋に入るとすぐ左側に、タテにベットが置いてあって
 右側の中央には窓、その窓をはさんで
 2台のベットが向かい合うように並んでいました。
 
 その窓ぎわには、小さな机と椅子
 左側の奥には、背の高い物入れが並んでいました。

 じいじのベットは、ドアを入ってすぐ右側の上の段・・
 なっちゃんはいつも
 小さなはしごを登って荷物をベットに置いて
 仕事から上がってくるじいじを待っていました。

 交替で仕事に出ているのか
 なっちゃんが行った時はいつも、誰かしらがベットで寝ていたので
 邪魔しないように、ドアの外で待っている時もありました。

 廊下の片すみには、石で出来た小さな流しと三角形の棚があって
 棚の上には、ガラスのコップと歯ブラシ、そして歯みがき粉の箱が
 置きっぱなしになっている時もありました。
 
 じいじより先にお部屋に帰ってきたおよそのおじちゃんが
 〈 お父さん、もうすぐ上がってくるからね 〉と
 優しく声をかけてくださったりして・・
 〈 ・・あの人、お父さんではないの 〉
 って本当は言いたくて、でもそんなことは言えなくて・・
 だまって下を向いてしまっていた時もありました。

 そしてある時、その人からすてきな贈り物をいただきました。

 白いコックさんの上着のポケットから、何やら手品みたいに
 いろんな色をした紙のたばを取り出して、なっちゃんの手に握らせて
 〈 匂いをかいでごらん 〉ですって・・

 ほんとにほんとだ、いい匂い !
 なあに、これなあに ? 

 びっくりしたなっちゃんの顔を見たおじちゃんが
 〈 調理場には、
 肉や野菜や缶詰がたくさん運ばれて来るんだけれど
 果物は、いたまないようにって、一個ずつこんな紙で包んであるんだよ。
 きれいだから集めておいた・・ 〉ですって。

 なっちゃん、思わずにこにこしちゃった・・
 なぜって、とってもやわらかい紙で
 くちゅくちゅくって、しわがよっててね
 もも色だったりもっと赤っぽかったり
 黄緑色や黄色や、青っぽいのもあったり
 いろんな色の紙がいっぱい ! みんな違っていい香り!

 レモンかな、りんごかな、みかんかもしれない・・ 
 きっと、見たこともないような果物もいっぱいあるんだろうな・・
 
 じいじやおじちゃん達は、進駐軍の食堂で
 毎日いろんなお料理を作っているんですって。
 だからきっと、想像できないくらいめずらしい品物がたくさん 
 お船で運ばれてくるにちがいないってその時気がつきました。

 この前、じいじを待っていた時
 背のびして、おでこが窓ガラスにくっつくくらいにして
 窓のずうっと下のほうをのぞいて見たら
 そこは中庭のようになっていて
 向かいの建物の裏口から出てくる人の姿が見えました。

 白い上っ張りをぬいでしまっている人
 帽子をぬいで頭ごしごししながら歩いてくる人もいて・・
 そうして、ほうらドアがあいて
 じいじだったりほかのおじちゃんがお部屋に入ってくるの。

 そんな時いつも、何だかいろんな匂いもいっしょに
 お部屋に入って来たような気がするの。
 お肉が焼けたとき、こんな匂いがするのかなあ・・
 
 進駐軍の人たちが食べる物を作っているって
 じいじ達は言っているけれど、
 進駐軍って、いったいどこのだあれ、何をしに日本に来ているの。

 なっちゃんが赤ちゃんだったとき戦争が始まって、お父さんは戦死して・・

 どうして戦争がはじまったの・・
 なっちゃんにはわからないことばっかり !

 日本が負けて戦争が終わって、あっちもこっちも焼けあとだらけ。
 焼けあとで、土台石づたいに追いかけっこしながら遊んでいる時
 ここに、りっぱなお家が建っていたなんて
 うそみたいだなあっていつも思っていたの。


 じいじは昔、郵船のコックさん
 世界のあちこちを旅していたんですって。
 郵船は郵便船、手紙や小包やいろんな品物を運ぶのがお仕事
 そしてそのお船には、
 外国に旅行する人たちもいっぱい乗っていたんですって。

 じいじは、いろんな名前のお船に乗って
 たくさんの国をまわったって言っていたけれど、
 その中でもね、欧州航路っていうのが好きだったみたい。

 〈 もっと大きくなったら読んでごらん・・
 岩窟王っていう有名な小説があるのさ。フランスの話でね、
 主人公がだまされて長い間牢屋に閉じ込められていたんだけれど
 幸いなことに抜け出すことができて、悪いやつに仕返しする話さ。
 お客さんの中には、その物語を読んでいる人がいっぱいいたから
 時には船長さんのサービスで
 ・・向こうに見えるのが・・
 ・・かのダンテスが閉じ込められていた牢獄の島、イフの城です・・
 なんて、船をゆっくり進めたりしたもんさ。
 日本を出てから何十日もたっていたから
 長旅で退屈したり疲れたりしているお客さんたちは大喜びでね・・
 ましてやマルセーユ港も目と鼻の先だ・・
 そこで船を降りて、汽車でパリまで行く人もたくさん乗っていたからね 〉

 でも、戦争がはげしくなると郵船のお仕事もおしまい
 陸( おか )にあがることになったんですって。

 そして、長い戦争が終わって・・
 戦争に負けたのは日本。
 勝った国の人たちが日本に来ることになったので
 まえに郵船でコックさんをしていた人たちが
 こんどは進駐軍のお料理を作るようになったって
 じいじが話してくれました。

 このお部屋の人たちみんな、昔は船乗りだったなんてねえ !
 考えただけでわくわくしてしまう !

 なっちゃんはね、やわらかい紙をほっぺにあてていい香りをかぎながら
 じいっと目をつぶっていたんだけれど
 そのうちにふうっと、ずっと前に読んだ本のことを思い出していました。

 その物語の中で、主人公の男の子が昼寝をしていたお部屋には
 もしかしたら、こんな香りがただよっていたのかもしれない
 そんな気がしてきたからね。

 その部屋の高い天井には
 大きな扇風機がゆっくりと回っていて
 太いつるを編んで作った壁には、ヤモリがじいっととまっているの・・

 ほうら、お部屋ぜんたいが、なんだか緑色
 そして何ともいえないいい香り・・
 だってね、男の子が寝ていたのは日本ではなくて
 ジャワだったのかボルネオだったのか・・
 その子はね、お父さんがお仕事をしている遠い遠い南の島まで
 たったひとり船に乗って来たんですって・・

 
 もうひとつ・・高円寺駅で
 およその人の話を聞いてわかったこと !

 行き先までの切符をいっぺんに買ってしまわずに
 途中の駅までの切符をまず買って、その駅で切符を買い直すと
 ほんの少し安くなることがあるんですって !
 でも、気をつけないと
 逆に高くなってしまうこともあるって笑っていたけれど ・・

 何だかおもしろいっ! て思ったから
 切符売り場の上の料金表をよおく見て
 四谷まではいくら、市ヶ谷まではいくら・・っておぼえておいたの。
 そして帰るとき、東京駅でやっぱり料金表をよおく見て・・
 もしかしたらって思ったから
 思いきって飯田橋って所までの切符を買って・・

 どきどきしながら、飯田橋駅で電車を降りて
 どきどきしながら改札を出て
 やっぱりどきどきわくわくしながら高円寺までの切符を買ったの。
 〈 ほんとうだ ! じいじからいただいたお金がすこうしだけ残った ! 〉

 飯田橋で電車に乗って・・
 いつものように代々木、大久保、そして中野駅をすぎると、
 ほうら向こうに氷川神社の一本杉が見えてきた !
 もう少し行くと、いつも学校に行くとき渡ってる踏み切りがあって
 そうして、ほうら高円寺に着いた !
 なんだか大きな冒険をしたようでわくわくしちゃった !





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05
 
 草刈り も、埼玉に疎開していた小学校1年生の時の思い出です。


草刈り

勉強が終わり帰りのご挨拶の時、先生がおっしゃいました。
〈 草を刈って、あした持ってきてください 〉

みんなが〈 はーい 〉ってお返事したので
なっちゃんもつられて返事はしたけれど
ほんとうは、何のことだかわかりませんでした。

帰り道〈 おじいちゃんに頼むからいい 〉
〈 お父さんに頼むからいい 〉ってみんなが話していたので
おじいちゃんもお父さんもいないなっちゃんには
関係ないって思ってしまって・・だから
家に着くころには、
草刈りのことはもう、すっかり忘れてしまっていました。

でも次の日、びっくりしてしまいました。
なぜって、大きな大きな草の束を
よっこらしょっ、よっこらしょって背負ってくる子がいたり 
学校の近くまでお家の人が運んでくる子までいました。

先生が〈 裏庭まで運んでください 〉っておっしゃったので
みんなといっしょに行ってみると
そこに、大きな草の山ができていたので
〈 びっくりした、びっくりした !〉って、みんなで大笑い。

〈 この草はね、きっと馬が食べるんだよ 〉ってだれかが言って
〈 この学校には馬がいたんだ ! 前に見たことがあるよ ! 〉
という子までいたので、みんなで探したけれど
からっぽの馬小屋があっただけでした。

がっかりして教室にもどると先生が
〈 みなさん、今日はありがとう。
でも、持ってこなかった人は
このままお家に帰って、草刈りをして
今日じゅうに学校に持ってきてください 〉っておっしゃいました。

川辺にも、道端にも
どこにでも草はいっぱい生えていて
だからなっちゃんだって、草つみぐらいはしたことはあるけれど
草刈りっていうのは、また別のものみたい。

家に帰ったなっちゃんは
もうどうしてよいのかわからなくなってしまって
学校に戻るのもやめてしまいました。

つぎの日、二人の子が草を持ってきていて・・
先生はなにもおっしゃらなかったけれど
それがまた気になって気になって、学校の帰り道
〈 草持って来るほうがいいのかなって思うんだけど・・ 〉
そしたら友達が
〈 いっしょに草取りにいってあげるね ! 〉
〈 草のある場所知ってるよ ! 〉
〈 後でみんなでむかえに行くからね 〉って言ってくれて
〈 ああ、よかった ! 〉

家には、いつもお母さんたちが畑で使っているくわ〔鍬〕だの
かま〔鎌〕だのすき〔鋤〕があるってことも
そのしまい場所もよく知っていたので
友だちが迎えに来るとすぐ
〈 草刈りに行ってくるからね 〉と声だけかけて
鎌を持って家をとび出しました。

いつものように小川をわたって竹やぶをぬけて・・
でも、みんなが持って来たような
丈の長い草が生えているような所には、行きつけませんでした。

そしていつの間にか、よその家の
うす暗い裏庭のような所に入り込んでしまっていました。
めずらしい草が生えていたり、小さな花も咲いていて・・
それに、いろんな虫もいてとっても楽しい場所でした。
ミミズをつかまえて、手のひらに乗せてみたり・・
それぞれが好きなことをして遊んでいました。

そしたらひとりの子が
〈 これ何だろう・・〉ってびっくりしたような声をあげて
小さな茶色っぽいビンを振りながら、なっちゃんたちを呼びました。

〈 ほら何か入っているみたい・・ねっ ! 〉
〈 ほんとだ、ほんとだ・・〉
〈 何が入っているんだろう・・〉

ビンのふたを開けようと
みんなでじゅんぐりに試してはみたものの
ふたはぎゅっとしまっていて、かたくてかたくて・・

もうだめ! ってあきらめかけたとき、なっちゃんはふいに
鎌を持っていることに気がつきました。

鎌の刃をビンのふたのところにあてがって
ぐうっと押してみました。
でもだめ !
もう一度もっと力をいれて押してみたら・・
鎌がつるっとすべって
なっちゃんの手にガツンとあたってしまいました !
〈 どうしよう !〉

びっくりして、ビンと鎌をほっぽり出すなり
右手で左手をおおいかくしてしまいました。
〈 ああ、どうしよう! 〉
なんだか大変な事が起こってしまったみたい。

まわり中が急に、しいんとしてしまって・・
みんなもだまってなっちゃんを見つめています。
見ると指の間から血が・・
なっちゃんはだまって立ち上がると歩き出していました。
みんなもだまって後についてきます。
なっちゃんの鎌を持っている子もいます。

家の井戸端で
〈 水を出してちょうだい 〉って友だちにお願いして
右手で左手の甲をかくしたまま、そうっと水の下に手をやると
〈 おお、しみる ! 〉
でも、水の下でそうっと手をなでているうちに
傷口も、血も、み~んなみんな
消えてなくなってしまえばいいのに、って思っていました。

そのときひとりの子が
〈 ほら、血止め草だよ ! 〉といって
小さな緑色の葉がいっぱいついた草を持ってきてくれました。

記憶はここで途切れてしまっていますが
ただ傷跡は、今でも左手の甲に薄っすらと残っています。


考えようによっては
そのビンの中身が、何か危険なものだったら
怪我をしたおかげで事なきを得たのかもしれません。
また、みんな水に流してしまいたいと傷口を洗った事で
ばい菌も汚れも落ち、結果的にはよかったのかもしれません。







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16
 
これも、埼玉に疎開していた小学校1年生の時の思い出です。


DDT のこと

〈 ほんとにはずかしいったらなかったわ !
私たちの教室のそばを、こんなみっともないかっこうで通るんだから !〉

学校から帰ってくるなりお姉ちゃんは、怒りに怒っています。

でもね、本当にはずかしくって泣きたい気持だったのは
私なんだからって思いながら
なっちゃんはじっと下を向いていました。

お母さんは、ぐっと口を結んだまんま
ドラム缶に水を張ってお湯をわかしています。

ついさっき
学校から帰ってきたなっちゃんの姿を見たときの
お母さんの顔といったら・・目を見張ったまんまのお母さん。
なっちゃんはやっとの思いで言いました。
〈 DDT・・  シラミがいるんだって・・ 〉

髪の毛は、引っかきまわされたままだから
おっ立っているかもしれないし
衿を引っぱられて中のほうまで薬を吹き込まれたから
きっときっと、体じゅうまっ白、白・・かもしれないし。

〈 DDT ですって・・ 〉
なっちゃんはもう一度、小さな小さなつぶやくような声で言いました。

だってお母さんは、ぎょっとしたように目を見張ったまんま
なっちゃんを見つめているだけだったし
なっちゃんだって気持ち悪くって怖くって
大きな声なんて出せやしない・・
お薬のいやあな匂いがなっちゃんの体中にまとわりついていて
のどの奥の方までいがらっぽくって、なんだか息も苦しいくらい。

ドラム缶から湯気が上がりはじめたのを見たお母さんは
〈 ほらそんなところにいつまでもつっ立ってないで
井戸端に行って、着ている物を全部ぬぎなさい ! 〉

〈 ほら、目つぶって・・耳をおさえて ! 〉
お母さんはなっちゃんの頭の上から何杯もお湯をかけて
石けんつけてごしごし洗って・・本当に怒っているみたいでした。

今日学校でいったい何があったのか・・
なっちゃんにはもう、何がなんだかわからなくなってしまいました。

〈 これから頭髪検査があります 〉って先生がおっしゃって・・

整列してべつのお教室に行ったら
白い上着を着てマスクをかけた男の人が
みんなの髪の毛をひょいと持ち上げては
“ はい、こっち ” “ はい、あっち ”って手だけで合図して・・

なっちゃんも片方の列に並んで
言われるままに部屋に入っていくと
その部屋には、ほこりのようなものがもうもうとたちこめていました。

そして白い上着を着てマスクをかけた男の人たちが
みんなの髪の毛をかき分けるようにしながら
フマキラーで シュウシュク 、シュウシュク  薬をかけています。

見ているだけで息苦しくなってしまったなっちゃんは
あわてて両手で口を押さえ、目をつぶってしまいました。
でもね、肩を引っぱられて
みんなとおんなじように、薬を吹きかけられて・・

きっと、みんなとおんなじような
真っ白々のお化けみたいな頭になってしまったんだろうなって思ったら
もうお教室に帰るのがいやでいやでしょうがなくなってしまって
いっしょに出てきた子に 〈 もうお家に帰ろう ! 〉
その子も〈 うん、そうしよう ! 〉って・・

誰にも見つかりませんように・・
二人ともかがんで、かがんで、できるだけ小さく、小さく
そおっと外に出たかったのに・・

その日はもう、学校中授業なんてしていなかったみたい
あっちの窓、こっちの窓からいろんなお顔がのぞいていて
なっちゃんたちをはやしたてているみたいでした。

きっとそのとき
お姉ちゃんの教室のそばも通ってしまって
お姉ちゃんにはずかしい思いをさせてしまったのかもしれないけれど
でもね、二人とも
少しでも早く学校から逃げ出すことばかり考えていたから
しかたがなかったの。
ほんとにほんとに、もうどうしていいのか
わからなくなってしまっていたんだから・・

 
   DDT については、これだけのことしか憶えていませんが
  もし本当に虱がわいていたのなら、
  何らかの後日談があったはずです。
  ということは、検査がいいかげんだった・・
  ふけか塵がついていたのを見誤っただけかもしれません。
  その当時の私たち
  野原をかけまわって遊んでいた小さな子供たちは
  きっと泥だらけだったことでしょう。
  それに、現在のように
  毎日お風呂に入れるような状態ではありませんでしたから。




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08
 
埼玉に疎開していた頃のことを
また少しずつ、思い出すままに記していきたいと思います。


おにぎり


国民学校1年生のなっちゃんは
いつもみんなと遊べてとっても楽しかったの。

男の子たちったら
〈ありのおしりなめてみな ! しょっぱいぞう ! 〉
女の子はね
〈そんなのいやだあ、いやだあ・・〉って言いながら
それでもありを追っかけまわして、つかまえて
ほんとにちょっとなめちゃった !
〈 ほんとに、ほんとだ ! しょっぱあい ! 〉

その日なっちゃんは、お友だちと石けり遊びをしていました。
川に入ってえびがに捕りをしていた男の子たちが
〈 川の中には、いろんな魚や虫がいる 〉って教えてくれたけれど
やっぱりちょっぴりこわくって
土橋の上からそうっとのぞいてみただけ。

青いきれいな水が、緑の草のあいだを
さやさや、さやさや、お話しているみたいに流れていくのが見えて
とっても気持ちよさそう !
このつぎはきっと、水の中に入ってみよう !

その時、はあはあ息を切らせながら走ってきた女の子が
〈 うちのお母さんが、みんなをよんでおいで・・って ! 〉

その子の後を追って、みんなはいっしょうけんめい走りました。
畑の小道をずんずん走って、竹やぶの角をまがって・・

そうしたら、竹の林にかこまれた大きなお家の裏庭で
おばちゃんたちが、いろんなお仕事をしていました。

手ぬぐいかぶって割ぽう着を着たおばちゃんやおねえさん
井戸ばたで野菜を洗っている人や
大きなお釜でごはんをたいている人
大きなお鍋で煮物をしている人
ほら、まきを割っている人もいました。

おばちゃんたちはからだじゅうで笑いながら
〈 さあさあみんな、早くこっちへおいで ! 〉

垣根のすき間からそうっと裏庭に入ったなっちゃんたちに
ひとりのおばちゃんが
〈 ほら、ほら、手を洗いな ! まっ黒、黒だよ ! 〉

そしたら別のおばちゃんが
くるくるくる、割ぽう着のすそで手を拭いてくださって
〈 ちょっと待ってな ! 〉って言いながら
湯気の立つ大きなお釜のふたをあけて
ふうふう湯気の立つ大きなまっ白なお握りを
あふあふ言いながら握ってくださったの。
そして、〈 ほら、ほら、熱いから気をつけな ! 〉って言いながら
男の子にわたしました。

その子ったらもう、にこにこしながら受取って
やっぱりふうふう息を吹きかけながら
右の手、左の手って持ちかえながら
ほうら、ほおばっちゃった・・

つぎの子も、そしてつぎの子も・・
なっちゃんは、見ているうちになんだかつばがわいてきて
ほっぺがきゅっといたくなって、のどがごっくん !

ほうら、なっちゃんの番がきた !
なっちゃんはにこにこしながら、おばちゃんの手の中で
かっこよくにぎられていくおにぎりをじっと見つめていました。

そして、そのおにぎりを受け取ろうって手をのばしたら・・
そしたらね、なっちゃんの手が、はげしくたたかれていたの !
びっくりして見上げると、なっちゃんのお母さんが立っていました。 
三角形の目をしたお母さん !

およそのおばちゃんが
〈 ほら、ほら、いいから、いいから・・〉って言いながら
なっちゃんの手を取っておにぎりを持たせてくださろうとしていたけれど
なっちゃんは・・どうしよう、どうしよう !

もうどうしてよいのかわからなくなっちゃって
ただ、ただ、もう、もう、そこから逃げ出したかっただけ !
だから、おばちゃんの手をふり切って、走り出していました。

〈 なっちゃーん ! 〉って呼びながら
追っかけてきてくれる子がいたけれど
もう立ちどまることなんかできっこないし!

どこがどこだかわからなかったけれど
ずんずん走って走って、つきあたりの森を右にまがって
もっともっと走ったら・・
なあんだ、よく知っているいつもの道。

いつもだったらとってもこわい道、お寺の森のわきの道
ほうら、お墓がいっぱいあって・・目の前には、川もある。

でも、広い川のほとりで
どうしてよいのかわからなくって、立ちどまってしまっていました。
足もとの川には、菱の葉が、びっしりと浮かんでいます。

菱の葉をずうっと見つめているうちに
いつの間にか、去年の秋のことを思い出していました。
この淀に入って菱の実をつんでいたおばちゃんたちのこと・・
白い着物を着て手っ甲をはめたおばちゃんたちは
次から次に菱の実をつんでは、わきに浮かべた桶の中にいれていきます。
淀は、静かに見えるけれどほんとうはとっても深くって
あぶない所。
でもおばちゃんたちは立ち泳ぎしながら菱の実つみをしていました。 

でも今日は、だあれもいない・・
ぷくぷくした菱の葉がびっしり浮かんでいるだけでした。

なんでお母さんは、みんなの前だっていうのに
あんなにこわい顔をしてにらんでいたのかしら・・

外でおにぎりをいただくことが、そんなに悪いことだったの?
おぎょうぎが悪いことだったのかもしれないけれど・・
でも・・でも、なんで、みんなの前で・・
 
いつの間にかなっちゃんは、家とは反対の方向に
ぽつんこぽつんこ歩き出していました。

この道をまっすぐに行けばおばあちゃんの家・・
でも、もう、もう、誰にも会いたくはなかったの。

そうして、いつのまにか水門の橋をわたって
学校へ行くいつもの道を歩いていました。
あっち見てもこっち見ても、どこもかしこも
あっけらかーんと明かるくって・・
それなのに、なんでこんないやあなことが起こってしまったのか
わけがわからなくなってしまいました。

どうして今ここを歩いているの?
どこへ行くの? 
それでもやっぱりなっちゃんは
いつも学校へ通っている、いつもの道を歩き続けていました。

いっぱい、いっぱい歩いて・・
目をこらすと、線路まで見わたせるまっすぐな道へ出たとき
なっちゃんは思わず、立ちどまってしまっていました。

なぜって、
〈 今日も、この道は、まっ白、白だ ! 〉って思ったから。
じいっと見つめていると
ほうら、ずうっとずっと向こうの方に
あの日と同じように、まっ黒な人影が見えたような気がしました。

その日学校から帰った時、お母さんの姿はありませんでした。

いつもだったら、畑かなあって思うぐらいで気にもならないのに
その日にかぎっておばあちゃんの様子が普段とはちがう・・
〈 お母さんは・・〉って聞いてみると
〈 役場だよ 〉ですって。
〈 なあんだ、迎えにいこう ! 〉

今日みたいに暑い日で、今日みたいにあかるい日でした。

走りに走って、ほら、まっすぐな道に出た!
もうすこし行くと左側に
いつも通っている国民学校があって
もっともっと行くと線路

でも次の瞬間、立ちどまってしまっていました。
遠くの方から、まっ黒な着物をきた女の人が歩いて来ます。
あの人、お母さんみたい・・
でも、なんだかへんだなあ・・
だんだんその人が近づいて来ると、やっぱりお母さんでした。

まっ黒な着物を着たお母さんは
まっ白なきれで包んだ四角い包みを胸にかかえています。
いいえお母さんは、白いきれで包んだ四角い包みを
首からさげて、胸もとで抱えていたのです。

そのあとのおとなたちの話から、なっちゃんは
ずうっとずっと遠い南の海でおこったこと
〈 お父さん達が乗っていた船が、敵の飛行機から落とされた爆弾で
沈められてしまったんだ 〉 って事を知りました。

何もかもが、遠くて深い海の底に沈んでしまったから
だから、お父さんのお骨ももどってはこなかったんですって・・

お母さんが胸にかかえていた箱の中に何が入っていたのかなんて
誰も教えてはくれなかったし、なっちゃんだって聞けませんでした。
何もかもが、とても怖かっただけ・・。
戦争は終わったけれど、お家では
もっともっとたいへんな事がおこってしまったんだってことを
なっちゃんはよおく知っていたのです。

そしてこの日
遠くまで続くまっ白な道をじいっと見つめながらなっちゃんは
あの日のお母さんの姿を思い出してしまっていたのです。
そして、思わず向きをかえると
今度は家に帰る道を、とぼとぼ歩き出していました。




     デッサン・田園
                         田染幸雄


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