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田染幸雄の世界 自然との語らい

 
05
 
八ヶ岳連峰縦走

1960年頃の話です。
八ヶ岳に出かけたのは私を含め5人でした。

   
     八ヶ岳連峰とその周辺の地図

八ヶ岳連峰とその周辺


茅野からバスで親湯まで・・そこから歩き始めています。
大河原峠を越えて双子池まで、初日は双子池泊まりでした。
双子池では
片方の池で米をとぎ湯を沸かし、もう一方の池で食器を洗ったことを憶えています。
翌日は大岳・横岳を越えて坪庭・七つ池へ・・(天狗のお庭とも呼ばれていました。)

  話の途中で彼が・・
  坪庭 には、ピラタスロープウエイで行ったことがある。
  そこで絵を描いているはずだと申しました。
  ピラタスロープウエイが出来たのがいつ頃のことだったのか
  調べてみようと話していたのですが
  そのままになってしまいました。

そして雨池へ・・飛び石伝いに歩を進めたくても足の置き場に困るほど
沢山のトンボが飛び交い、休んでおりました。
たしか雨池でインスタントラーメンを作って食べたのですが
後々この池の水は飲料には向かないという話を聞かされて・・
正に後の祭り!でした。
二日目は高見石小屋泊
    
翌日、2人の友が下山し3人で行動開始!
・・天狗岳・硫黄岳・横岳を経て赤岳石室泊(2棟の石室あり)
片方の石室に私たち3人が泊り
もう一方に関西からという2人連れが泊っていたのですが、その人たちが
真夜中になって、風音が激しくて心細いからと私たちの元を訪ねて来られて
5人で夜を明かしました。
トイレは外・・飛ばされないよう綱を伝って歩いたのですが
みごとな星空に圧倒されたものです。

翌朝、赤岳山頂へ・・
今の案内書には、赤岳山頂小屋とでていますが
当時は、宿泊できるような建物は山頂には無かったようです。

赤岳山頂からキレット小屋
この下り坂は特に印象に残っています

はるか下方に見えるキレット小屋の前に立つ男性が
手メガフォンで何か叫んでいます
・・が、風に吹き飛ばされてその声は届かず
岩に書かれた赤丸印があるのでルートは間違っていないはずだし・・

急峻な岩場を下って小屋の前に立った私たちに
〈昨日その場所から滑落した人がいたので、気をつけてほしかったから・・〉
とその人(キレット小屋のご主人)は言いました。

が、聞こえないで良かったというのが、私たちの本音でした。

そこから権現岳・三つ頭を経て下山・・甲斐大泉へ。

甲斐大泉の駅前で
高見石小屋で別れた友人2人と合流しています。
驚いたことに
彼女たちのザックは、レタスでふくれ上がっていました。

地理科在学中の2人は
八ヶ岳山麓に移り住み開拓を続けて来られた人達を訪ね
いろいろ話を伺ってきたようでした。
戦前、小河内ダム開発のために強制的に移住させられ
大変な苦労を重ねながらこの地を開拓された人達
戦後は、大陸から引き上げてきた人達が
開拓農民として住むようになったことなど・・

取り入れ最中だったレタスを2,3個分けていただきたいとお願いしたら
こんなに沢山・・ということでした。

私たちはよく山歩きをいたしました。

夜学生だったので、土曜日授業が終わると
いったん帰宅して支度をし、新宿駅に駆けつけます。
そして、23:59新宿発の最終長野行きに乗るのが常でした。
(鈍行か急行か、また発車時間もうろ覚えですが・・)
八ヶ岳登山もその一例です

入笠山に行った時には、ちょっと一休みと寝ころんで
常日頃寝不足気味の私たちみんな
寝込んでしまって
突然の雨にびっくり飛び起きたことなど・・
懐かしく思い出されます。

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