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田染幸雄の世界 自然との語らい

 
25
 
長野県・上高地への旅




ホームページ・上高地(1)に、次のような記述があります。

  1975年に大丸デパート(東京)で開かれた
  「 田染幸雄 自然との対話展 」
   上高地を描いた絵が展示されておりましたが、残念なことに
   モノクロームのカタログしか残っておりませんでしたので、
   それらの絵は,ブログ 「 田染幸雄の各種展覧会・6 (個展3) 」
   紹介するにとどめました。




上記の説明のように、
ブログ  「 田染幸雄の各種展覧会・6 (個展3) 」 で紹介されていた
1975・2・13に開催された田染幸雄 自然との対話展
に際し発行されたパンフレットの中に
上高地を描いた絵2点が載っておりましたので、ここに紹介いたします。



2)大丸個展出品作s


上段のパンフレット中上高地を描いた絵は
上から3段目の2点です。
これを、やや拡大してみました。


上高地s
徳沢の秋 6F 



上高地2
草むら 6F




田染と共に初めて上高地を訪れたのは1974年の事でした。

以前、と言っても大昔、1955年と56年の2度
私は上高地に行ったことがありましたので、
上高地の変容に一瞬驚いた記憶があります。
減少した大正池の樹々、護岸工事の進んだ梓川、
当時は、梓川の左岸を通って徳沢、横尾に行っていたはずなのに
右岸にも、遊歩道が出来ていて驚いたものです。
(当時もあったのかどうか、知らなかっただけなのか?)

1955年の時は、西穂を目指して登山中独標付近で雷に出会い
苦労して上った道を転がるように下山してしまったこと・・
1956年の時は、横尾を通って涸沢へ、奥穂山頂の手前で引き返し涸沢泊。
夜中、遭難者が到着したからと宿泊者全員が起こされて
寝場所の再調整、頭、足、頭、足と寝かされて・・
まるでイワシの缶詰状態だと笑いながら寝についたことなどを
田染に話しながら、上高地を歩いたものです。





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22
 
高遠・山室鉱泉



ホームページで「高遠・山室鉱泉」で描いた絵を紹介しておりますが、
私たちが初めて高遠を訪れたのは、1974年7月のはじめでした。


その折のメモに

  ・・宿のご主人がマッチ箱に書いて下さった簡単な地図をたよりに
    川辺部落、原、新井などあちこち歩いています・・

とありますが、下記の写真が、その時の山室鉱泉のマッチ箱です。




マッチ箱(2s) 
 
山室鉱泉のマッチss





山室鉱泉への道
高遠(4)
はっきり撮れておりませんが、
写真の右端に「御宿 山室鉱泉」の標識があり、
右の道を下ったところに、山室鉱泉がありました。



高遠(0)
道の辺のかわいらしい仏さま



高遠に出かけた折の簡単なメモから・・

高遠~大明寺(70円×2)
山室鉱泉近くに「大明寺」というバス停があったのかもしれません。

山室鉱泉で紹介された元酒屋旅館に泊まった時には
その宿の近くのバス停「荒町」から茅野までバスに乗っています。

荒町→茅野 300×2=600 と言うメモがありました。


高遠(2)
元酒屋旅館の近くにあったバス停「荒町
  写真の裏に残されていたメモ・・「杖突街道沿いの道」 




高遠(3)
高遠の町並み




また、杖突峠で下車し
甲府盆地と八ヶ岳連峰の絵を描いた時もありました。
その中の1点、 「秋冷 30P」  を
前出の 「 引越し・千葉へ 」 の中で、―稲の杭がけのある風景―
として紹介しております。



 
「 1974年の旅行メモ 」から、一人分の旅行費用を抜き出してみました。


   目黒→伊那 乗車料金       970円
           急行料金       300円
           グリーン 指定料金  900円
   バス代    長藤→栗田       80円
         

   宿泊料   山室鉱泉一泊(2人) 6130円
           元酒屋旅館一泊(2人)6230円
         
           冬季には確か暖房費用が加算されたと記憶しています。

    杖突峠で・・おそば360円とのメモも残っておりました。


こんなふうに、茅野から高遠へ、
帰りは伊那周りでなどと楽しんでいたのですが、
茅野→高遠のバスが廃線になると共に、
私たちの伊那への足も遠のいてしまいました。

また、杖突峠から八ヶ岳を眺めているうちに
八ヶ岳にまわってみたいと田染が申しますので
茅野から渋の湯行きのバスに乗ったときもありました。

茅野←→渋の湯往復   720円









    12:00 | Top
 
13
 
大糸線の旅・安曇野


ホームページ上で、碌山美術館の絵を紹介しておりますが
1992年6月にも碌山美術館に行っており
その時のメモがありましたので、ここに紹介いたします。


  今日の白馬連峰は、早朝霞がかった状態だったが
  徐々に雲が出てほとんど望めなくなり残雪の山は断念。

  白馬駅発快速松本行きに乗車・・目的地無し。
  停車するたびに見る、陽に照らされたホーム
  開けた窓からは熱風が吹き込んでくる。
  薄日が射して滲むような暑さだ。
  PM 12:20 穂高駅着・・思案するも、下車することにした。

  駅内のそば処でざる蕎麦を食し、歩き始める。
  碌山美術館まで、約10分弱の距離。
  陰を拾おうにも真上からの陽、物陰もわずか。
  美術館は、観光コースに入っているようで観光客の姿もみられた。

IMG_0019.jpg     IMG_0018s.jpg
 


  桜の樹陰のもと、ベンチに座りこれを記している。
 
  現在時 PM 1:50 空は曇り、陽射しも無くなった。
  吹く風が肌に心地よい。
  鳥のさえずりもあるが、近くでブルドーザーが音を響かせ
  昼下がりの静寂は、かき消されている。

  道の向かい側に、白馬郵便局が出張所を設置していたので立ち寄り
  切手・絵葉書などを求め、駅に向かう。
  線路に沿った道で工事をしていたので、通れるかたずねると
  どうぞとのこと。
  新しくレンガを敷き詰めた道で、駅への近道になっていた。
  ここに来るとき
  道の入口に網が張ってあったので不可と思った旨話す。
  どうやら、取りはずすのを忘れていたようだ。


  松本に到着
  駅の近くの店に入り、生ビール・馬刺し・もろきゅう・冷やっこで
  今回の取材旅行に乾杯・・? 待てよ、まだ旅の途中だった。

IMG_0020.jpg   
  メモ帳に、記録的に描いたようです



油彩画・安曇野風景は、ホームページ「大糸線の旅・安曇野(1)」に
載せましたのでご高覧下さい。





    17:00 | Top
 
18
 
<山梨の桃の里>

桃の花の季節が巡ってくると、
その年の気象状況、花の見頃、お天気を気にしながら
毎年のように、山梨の桃の里へ出かけておりました。
JRの勝沼ぶどう郷駅からはタクシーで、
石和温泉駅からですと、バスかタクシーを利用していました。
桃の花の見頃は、概ね4月中旬頃でした。

ただ4月15日は浅間神社の例大祭(おみゆきさん)の日で、
男の人が、お化粧をして派手な浴衣姿でお御輿を担ぐとか・・。
お祭りは見たい、でもかなりの人出が予想され、
ついついこの日を避けて出かけておりました。

桃畑は、甲府盆地を取り囲むように、その斜面にも作られていますので、
花は、盆地の底から咲き始め徐々にのぼっていきます。
高度差があるので、花の盛りは一様ではありません。
また開花時には白に近いピンクだった花の色が次第に濃さを増し、
赤に近い色にまで変化するので、その色彩の変化も楽しめます。

(ホームページ「桃源郷」で紹介している絵の中で、
桃の花と一緒に咲いているまっ白な花はスモモの花です。)


<田染幸雄のメモより>

1998・4・10 石和からバスで一宮町へ。 
  すっきりした青空で、南アルプス連峰もくっきり浮き上がって見えた。
  花は2分咲き位から、天候も素晴らしく・・楽しい。

  4月8日(1998)朝日新聞から・・甲府盆地のスモモの里は今一面の純白におおわれ
  花はまるで樹氷のよう、4月中旬には、主役は桃に変わる


<摘花作業>

花の色が濃いピンク色に変わるころ、
より良い果実が収穫できるようにと良い花だけを残し、
ほとんどの花を摘み取ってしまう摘花作業が始まります。
上向きに咲いた花、幹に近い花など7~8割方の花が間引かれるそうです。

桃畑を歩いていると、開いた傘を逆さにつるし
その中に摘花した花や蕾を集めている風景がよく見られますが、
こうして集めた花や蕾から花粉を取り出し
次にその集めた花粉を、残された花につける作業が行われます。

麓からあがっていくと、摘花作業が終わり花数も少なくなった畑、
作業真っ盛りの畑、そして花いっぱいの桃畑、
見晴台の辺りまで登ると、まだまだ蕾がいっぱい・・そんな状態でした。

    18:29 | Top
 
15
 
<諏訪大社>

そして又或る日、女神湖からの帰り道、お諏訪様をお参りしたことがありました。
お参りを済ませ町を歩いていたとき、
酒屋さんの店先に緑の杉玉が飾られているのに気付いた彼が、寄ってみようと言いました。

新酒と酒粕を求めて、お店のご主人といっときの四方山話・・
何気なく私は、あちこちで別荘地が売り出されているようですが、
定住するとしたらどの辺りがいいのでしょうか、と尋ねていました。

当時、転居を考えていた私たちは、旅に出た折々にどこか良い場所は無いものか、
それとなく探す習慣がついていたようです。
〈松本辺りはどうだろうか・・〉と彼が話す時もありました。

しばらく考えていらしたご主人は、
〈この土地でといった、差し迫った事情があるなら別ですが・・
定住ということでしたら、お薦めはできませんね。
真冬の寒さは厳しいし、場所によっては水が出る・・湖に近いですからね。
また、山が近くて日照時間の短い所もあります。〉
私は、零下10何度になるというその寒さを思っただけで、尻込みしてしまいました。

その後も、あちらこちら思案したのですが、
〈海からあまり遠くない場所にしよう〉と彼が決断し、千葉に落ち着きました。

    19:10 | Top
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