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田染幸雄の世界 自然との語らい

 
02
 
田染幸雄のエッセイ 6




画集より7l


フランスへ


昭和52年4月と53年11月に友人とパリに行った。
主に美術館巡りの旅であったが、友人が帰国後すばやく
個展で成果を披露しており、私の不器用さを証明してしまった。
くやしいから・・ではなく、いずれじっくりと思っていたが
55年に思い切って妻と娘を引き連れて
10か月パリ近郊に滞在した(子供もまだ4歳でチャンスであった)。
バルビゾンにも1か月滞在し、
シャイイ、ムラン、フォンテンヌブローと歩きまわった。
友人との旅では、アップルパイ5人前を食べなくてはならなかったりの
珍道中であったが、この時は、
妻がフランス語を少々勉強して行ってくれたので
横で“ ウイ“ と言うだけで、
思ったものが食べられたのが何よりありがたかった。

パリ近郊のマント・ラ・ジョリのホテルに1か月滞在の間に
ルーアン、ポワシーと近郊を見てまわり、
その地でアパートを借りてからは、そこを拠点に
モナコ、ニース、カンヌ、マルセイユ、さらにツールに1週間
ベルギーに1週間、また、ミュールーズ、コルマー、ストラスブール、
オンフラー、シャルトルと旅をした。
子供がいたのでどこへ行っても声をかけられて、
妻は愛想よく答えていた。

マント・ラ・ジョリにアパートを借りたのは、
勿論そこが大いに気に入った所であったからだ。
河畔の建物など同じ所を、何度もくり返しスケッチした。
ペンでスケッチしたこともあったが、スケッチではなくペン画になってしまい
景色も見ずに半日、目はスケッチブックの上であったりしたこともあった。
以来ペンは持ったことがないが・・。

若いころ、パリで絵を描くことは大変な夢であったように思う。
それが、家族をつれて旅ができたことは、内心の少々の興奮はあったが
時代の差を思わずにはいられない。
まあどちらにしても、若いころからの夢と現実、家族へのサービスが
うまくできたのは事実である。






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