田染幸雄の世界 自然との語らい

 
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<マント・ラ・ジョリで>

                          
私たちがフランスで過ごしたのは一年ほどでしたけれど、
沢山の思い出が残っています。

ミッテラン大統領が初当選を果たした頃のことですからかなり昔の話です。
当時はまだ、ルーブル美術館の前にピラミッドはありませんでした。

私たちはマント・ラ・ジョリ(Mantes la Jolie)という
セーヌ川沿いの古い町で暮らしていたのですが、
時にコンコルドが空高く、
礫(つぶて)のように飛んでいくのが見えました。

夜休んでいると、
ポンポンポンという音をたてながら船が通り過ぎて行くのがわかりました。
もう少し上流にルノーの工場があって、
その車を、ル・アーブル(Le Havre)の港まで船で運んでいたのだそうです。

話は変わりますが、フランスの人にとって、
言葉の、その音の響きが、
かなり重要な要素になっているらしいと言う事も知りました。
 
コート・ダ・ジュールの海岸で、
海辺に建つ城のような館を示しながら
フランスの友人が言いました。
〈今ジスカール・デスタン元大統領があそこで暮らしているのだけれど、
私たちの耳には、
ジスカール・デスタンと言うときの、
その音(おと)の響きが、非常に美しく聞こえる・・〉

また、〈あなた〉と言うときのウ゛ー〈vous〉、
これもまた、とても心地よく心にしみる音(おん)なのだそうです。
そのとき私はふっと、シャンソンを思いだしておりました。

マント・ラ・ジョリでのスケッチを何点か紹介いたします。



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この絵の裏に下記のようなメモがありました。
<これを描いている時トラックから降りてきた運転手に道を聞かれる・・も>

彼の説明によると、言葉も道もわからないので、
自分の口元を押さえて首を振ったのだけれどまだしゃべり続けているので
両手で大きくばってん印(×)をしたら、
頷いてそのままバックして行ってしまった・・

セーヌ川沿いの細い道で、左へ行くと階段を上らなければ本通りには出られないし
大きなトラックだから右への道も無理だろう・・
それでも気になったから、しばらく待ってはみたのだけれど、
とうとう車は戻ってこなかった。

それからもう一つ。
暫しの旅からパリに戻って来た時のこと・・
車窓から、高台に立つ白亜のサクレクール寺院が目に入ったとき、
思いがけなくも、〈ああ帰ってきた・・〉と、心和む思いをしたこと、
その時のほっとした気持ちが忘れられません。

思えばフランス滞在も、旅の一断面、それなのに何故・・

旅の途中とはいえ、パリ(Paris)郊外に小さな住まいを借りて、
親子3人が暮らせる空間を持てたこと。
そこには絵を描く彼の姿があって・・
ごくごくあたりまえの日常の暮らしが始まっていたのです。

日本でもフランスでも、
気持ちの休まる場所こそ、本当の我が家なのだと、
その時実感致しました。

パリからマント・ラ・ジョリまでは、急行でも30分ほどはかかります。
〈ああ、おなかがすいた・・〉
見ると、駅前にマクドナルドの店がありました。
手軽で何よりと店に入って、娘を高椅子に座らせ荷物を置いて、
隣の男性に、この子をお願いと目顔で合図して、
レジで注文、お盆を持って戻ってみると、
娘は何やら受け答えができている様子でした。

そういえば、マクドナルドはその頃フランスに上陸、
シャンゼリゼ通りにも、出店間もない店がありました。 

 
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