田染幸雄の世界 自然との語らい

 
04
 
<ベルギー・ブルージュにて>


〈フリットが食べたい〉と娘が言いました。
見ると彼は、運河に架かる橋のたもとに立ってスケッチ帳を広げています。

〈そうね、お父さんは絵を描いているからその間に買ってきましょう〉
ほかほかのフリットが入った袋を手にした娘のうれしそうな顔といったら!
でも戻ってみると、彼の姿は消えていました。

〈フリットが食べたいなんて、わがまま言ったから?〉
びっくりした娘の顔、みるみる涙がたまってきます。
〈ううん・・お父さんに一言声をかけて行けばよかったの〉
しゃくりあげながら、それでも娘はフリットを一本ずつ口に運んでいます。

〈もしかしたらお父さん、町外れのほうに行ったのかもしれないわね・・
あとで行こうって言っていたから・・行ってみる?〉
こっくりしながら、手も口も大忙しの娘。

運河に沿った道を歩いていたとき急に、雨がポツポツ落ちてきました。
急いだほうがいいようです。

でもなんと幸運なこと、運河に架かる館型の橋があって、
老婦人がもう雨宿りをしていました。
飛び込む間もなく、大つぶのたたきつけるような雨・・

〈よかった、よかった!〉と私、
〈よかった、よかった!〉と娘。
もう大にこにこで、フリットの袋も空っぽでした。

間もなく、降り始めたときと同じように、こんどもパタッと雨上がり。
空を見上げている私をよそに、
何ごともなかったかのように御婦人は歩き始めていました。

〈さあてどうしよう、ホテルに帰る?〉
〈うん、ホテルに帰る!〉

と、丘の上を娘が指さしています
〈回転木馬だ!〉
大きなテントの下を、たくさんの馬がぐるぐる回っています。

〈乗ってみる?〉
〈うん、乗ってみたい!〉

そうして、木馬屋さんの太った女性に抱っこされた娘は、
つぎの瞬間、もう馬上の人になっていました。

〈そのお馬さんでよかったの?〉あわててたずねる私、 
こっくりうなずく娘・・
そしてその姿は、もう向こうに消えていきます。
そうして、にこにこ笑顔の娘はまたまた、
片手をあげながら私の目の前を通りすぎていきました。

ホテルに戻ると、宿のご主人が、
〈ムッシュウはいちど帰ってきたけれど、また出かけていきました〉

疲れはてた娘は、
帰り道で買ったさくらんぼうをいくつか食べただけでベッドへ、
すぐにすやすや夢の中です。

ぼんやりとさくらんぼうをつまみながらの小一時間、彼が帰ってきました。
〈心配した?〉 
〈いいや、ここに帰ってくるに決まっているからね〉

翌日娘が言いました。
〈もういちど、回転木馬に乗りたい!〉
そうして、三人で町外れの丘まで行きました。

でもそこは空っぽ! 
テントも木馬も消えてしまっていたのです。
あっけにとられた娘の顔といったら!

娘が言いました。
〈きっとお空を飛んで行ったんだ! 昨日だって、お馬に乗っているとき、
飛んでいるみたいだったんだから・・
あのおばちゃんも、風船みたいにふくらんで、
お空を飛んで行ったんだよね、きっと・・〉
そう、回転木馬はもう、遠い遠い国で、
お客さんをいっぱい乗せてくるくるまわっていることでしょう。

そんなこんな言いながら空を見つづけていた娘の目に、
近くに建っていた風車が飛び込んできたようです。

昨日は、テントに隠れていて気がつかなかったのでしょう。

その時の娘の顔といったら・・

ベルギー
                            
                            風車のスケッチ

ふっと気がつくと、昨日と同じような空もようです。
たいへん、急がなくては!
このあたりに、お昼ご飯食べられるところがあればいいのだけれど・・

たまたま、一軒の家から出て来た男の人が、
車に乗り込もうとしているところに遭遇しました。

何とか呼び止めて、レストランがないかたずねました。
すると大仰に手を振って、ない、ない! 
その人も空を見上げて、一瞬思案した風でしたけれど、
車の後ろドアを開けて、乗れ!と合図します。
車はキャミオネット(小型トラック)・・
さあっと荷台を片付けて、私たちが座れる場所を作ってくださいました。
その人のあわただしい動きを見ていると、
ぐずぐずしている暇はなさそうです。そして私たち三人も車上の人に・・

車を運転しながらのその人の話によると、
肉屋さんで、配達に回っていたのだそうです。
そして着いたのが、マルクト広場にある一軒のレストランの前、
お礼をという私の手を振り切るように早く店に入るようにせかします。
本当に大粒の雨が落ちてきました。

店の前に張り出されたテント屋根の下は人でいっぱいで、
でも、飛び込んでいった私たちの姿を見て少しずつ詰めてくださり
なんとか落ちつくことができました。

その一部始終を確認したかのように、
肉屋さんはクラクションを鳴らして走り去っていきました。
そのあとのあられ雑じりの雨といったら、
テントの屋根の底が抜けるのではないかと思うほどでした。

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