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田染幸雄の世界 自然との語らい

 
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田染と共に旅をしている途中、時に
幼き日の思い出の場所に出会うことがありました。
私が生まれたのは1939(昭和14)年、2年後に戦争が始まっています。
父が出征したのが1944年の1月、そして同年7月戦死。

世の中が目まぐるしく変わった時代、その為でしょうか
3,4歳頃から小学校2,3年生にかけての事々を、かすかに
そして、時に鮮明に憶えております。
年代は前後しますがこの場所で
それらの記憶を少しずつ記していきたいと思います。



<白河の思い出>

福島の桃源郷からの帰り道(2001年)、普通列車に乗って
車窓からの風景をのんびり楽しんでいた私はふっと
白河という場所を訪れてみたいと
永年想い続けてきたことに気がつきました。

5歳になった頃、ほんのいっときでしたけれど
“ 白河のおばちゃんの家に預けられたことがあった ”
そんな記憶が残っておりましたので・・

“ 白河の人 ”と伯母たちは話しておりましたが
親戚ではなかったので、後になって母に尋ねても
苗字すら憶えてはいないといった状態でした。
ですから “ おばちゃんの家があったのは白河駅の近くだった ”と
私は憶えていたのですが
もしかしたら白河近くの別の駅だったのかもしれないなどと
まったく半信半疑の状態だったのです。
ただ救いは、駅舎の形状は忘れていない・・ということだけでした。

私の話を聞いた時の彼の、いぶかしげな風情といったら・・
そして私にしても恐る恐る、白河駅の改札を出たのです。

でも現実に目の前に広がっていた空間・・
まさしくそこは、ずっとずっと昔見たことがあって、そして長い間
頭のどこかにしまいこまれていた白河駅の駅前広場でした。

私は広場を直進し、思いきってふり返って見ました。

そしてそこに見たもの、それは、57年前と同じ駅舎・・
思っていたとおりの白河駅が、そこにはありました。



 <昭和19年(1944)7月か8月の白河にて>

  “ むじな ”って、なあに?
  いつものようにたずねるなっちゃんに
  いつものようにおばちゃんは、
  やさしく教えてくださった・・

  だって、神社の森でみんなとなかよく遊んでいたのに
  男の子たちったら、きゅうにまたなっちゃんのこと
  “ むう~つ むじな 泣き虫 や~い ”って追いかけてきたんだから!

  なっちゃんは、泣きながら
  おばちゃんのお家まで走って帰ってきたの

  おばちゃんは、小腰をかがめてなっちゃんを抱えこむと
  やっぱりいつものように、ひょいと背中にまわしてくださった・・
  だからなっちゃんは、ぜったいに安全な場所から
  追いかけてきた男の子たちを
  きゃっきゃ笑いながら見おろすことができたんだ!

今思い返してみるとそれは、“ いつもいつもの、楽しいゲーム ”のようでした。


 <同年の白河駅にて>

  その日もなっちゃんは、おんぶされていました。
  なっちゃんをほいほいしながらおばちゃんは
  線路の土手にそった細い道を歩いていたのですが
  その土手は、ぜ~んぶ、かぼちゃの畑。
  黄色い花がいっぱい咲いていて
  ほうら、葉っぱのかげから
  かぼちゃがたくさん顔を出しているのが見えた。
  でもね、ほんというとなっちゃん、かぼちゃはきらい。
  だってそのかぼちゃは、おいしくなかったの。

  おばちゃんはなっちゃんに言いました。
  “ ほかに食べるものがないんだから、しかたがないの。
  我慢してでも食べないと、大きくはなれないのよ ”
  でもね、なっちゃんは、かぼちゃがきらい!

  その日、おばちゃんと、おばちゃんにおんぶされたなっちゃんは
  線路の下のガードをくぐって駅まで行きました。

  駅前広場には、いっぱい人がいて・・
  お兄さんやお姉さんたちが、並んで立っていました。

  みんなの前に立っていた男の人が
  手ぬぐいでごしごし顔や頭をふきながら
  大きな声でお話をしていて
  聞いているみんなも、ときどき顔をふいていました。
     
  とても暑い日だったから、汗をふいていたのかもしれないけれど
  その時なっちゃんは
  “ 泣いているみたいだ! ”って思ったの。
 
  ささやくような小さな声で、おばちゃんが
  “ 疎開だよ・・”って言って、
  “ みんな、さっきの汽車で着いたばかり・・東京から来たんだよ ”

  そばにいた人たちも
  “ まったくたいへんな世の中になったもんだ ”ってうなずきあっていて・・

  おばちゃんは、ふうっとため息をつきながら
  “ みんな、おうちの人たちと別れて来ているんだよ ”って言いながら
  なっちゃんをほいほいゆすってくださいました。

                     
この時の情景は不思議なほどよく憶えているのに
人々の姿や言葉は、すべてモノクロームでモノトーン・・
なにかの折にこの日のことを思い起こしても、つぎの一瞬には、
駅舎も、先生も生徒も町の人達も
すべてが真っ白な世界に吸い込まれていってしまう・・
いつもそんな気持ちになっていたのです。

でもこの日私は、総天然色の白河駅と57年ぶりに対面しておりました。

見ると、駅舎の右側に新しい石畳の一角があって
二、三人の男の子がスケボーで遊んでいます。
そしてその先のガード下から、買い物かごをさげた人が現われて・・
次の瞬間私は、吸い寄せられるようにそのガードをくぐっておりました。

ガードから外へ・・そこには・・
記憶に残る道、線路の土手にそった細い道が続いていたのです。
いつの間にか私は、なんの躊躇もなく右に曲がって歩きはじめていました。

当時は一面かぼちゃ畑だった線路の土手は若草におおわれていて
所々に、薹(とう)のたったツクシンボウが群れていました。
竹くいに支えられながら、ピンクの薔薇が二、三輪花開いていたり、
小さな野の花もいっぱい咲いていました。

この先に行けば、いつも遊んだ神社の森があったはず・・
そう思いながら土手にそって歩いて行ったのに期待はずれ。
記憶の中での森は
車の往来の激しいほこりっぽい広い道路になっていました。

駅への道をもどる途中
お世話になったお宅はこのあたり・・と思いながら
歩いてみたのですが
家形が記憶の中のそれとは違っていて・・


  ・・玄関を出て、飛び石づたいに5,6歩行ったところに木戸があって
    その木戸を開けると、目の前に線路の土手が続いている・・


位置関係からここだったかも知れない、と思える家はあっても
苗字すら知らなかった私・・
表札を見ても、思い出せるものはありませんでした。



<昭和19年 茨城県・阿見村にて>

  おばちゃんに連れられてお家に帰ってきたなっちゃんは
  大急ぎで、おサルさんに会いに行きました。

  でもね、おりは空っぽ、おサルさんはいませんでした。
  いつもおサルさんが登っていた止まり木も地面も白くかわいていて
  からからに乾いた木の枝が2,3本、地面にころがっていただけ。

  あとでお母さんが、ひとり言のように、なっちゃんに言いました。
  “ あの人、いったいどういうつもりだったんだろう・・
  あんたを養女にほしいって言ったんだよ。
  もう行き先はきまっていますからって断ったんだけれどねえ・・
  そうした事情を、知らなかったわけじゃなかろうに ”


その後、白河の人達の話を聞いたことはなかったし
白河での様子を私にたずねる人もいなかったようです。
 
だいぶ後になってから、白河の人達っていったい誰だったのか
尋ねたことはありましたが、知ってか知らずか首をかしげるばかり。
母や伯母たちが本当のことを言っているのかどうか
私とて首をかしげるばかりでした。
            
いずれにしても、昭和19年の7、8月、
霞ヶ浦航空隊近くの阿見村の村営住宅で
ふた家族がぎゅうぎゅう詰めで暮らしていた頃の話
ましてや、父が出征し、弟が生まれたばかりの頃でしたので
何もかもが混乱のさなか。
みんなみんな、その日その日を生きていくのに精一杯な時代
細かいことなど忘れてしまったとしても仕方がなかったのかもしれません。


そして57年後の白河で・・
いつの間にか、何の気なしに土手を左に曲がって
赤レンガ造りのガードをくぐっていることに気がつきました。

そうそう、ここがおばちゃんといつも通った駅への道、そしてこのガード・・
いつもこのガードをくぐって駅まで行っていたんだなあ・・と思いながら
ふっと、ガードの高さが記憶の中のそれと同じであることに気がつきました。
いつもおばちゃんの背中にいた私は
あの頃も、大人の視線で風景を見ていたのです。

汽車に乗ってもういちど白河の町を振り返ったとき、高台に建つお城が見えました。
桜の花も咲いていて・・
でもそれは、なっちゃんの知らない白河・・
新しい白河が、夕方の光の中に、からっと明るく輝いておりました。

家族の誰もが知らなかった白河・・
私の心の内にだけ存在した思い出を
彼に話すことができて、なぜかほっとしておりました。


    “ むう~つ むじな 泣き虫 や~い ”
    当時私は満5歳の誕生日を迎えたばかり、数えで6歳でした。

    泣き虫=むじな、よく泣く虫といったら
    地虫か何かのことだろうと、思っていました。
    最近になって、何げなく広辞苑を眺めていたら
    狢(むじな)とはアナグマの異称とあって驚きました。
    混同して、タヌキをそう呼ぶこともあるとか・・

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