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田染幸雄の世界 自然との語らい

 
30
 
戦争が終わって ・ お祭り ( 昭和20年 )
 

今日はお祭り!

川のほとりにいつの間にか、やぐら(櫓)というものができていて
その上には大きな太鼓がのせてあって
お祭り半てんを着た男の人たちが、ドンドコ、ドンドコたたいていたの。

はち巻きをして、それから・・
ほんとにびっくりしたんだけれど、おとなの、男の人だっていうのに
首から、桃色や青色のきれをぶらさげていて、
それが、とっても派手で、目だって、なんだかはずかしいくらい!

それから・・
大きな音で蓄音機も鳴っていて・・

でもね、だれも気にしていないみたいだった!
手をたたきながらいっしょに歌っている人もいて。

なっちゃんのとなりにいたおばちゃんが
〈東海林太郎の赤城の子守歌だよ・・・・泣くなよしよし、ねんねしな・・〉
って、口ずさみながら教えてくださったりして。

戦争が終わったっていうことは
いろんなことが変わってしまって
今までだったら〈 いけない、いけない 〉って言われていたことが
ぜんぶいいことになってしまったのかなあって
なっちゃんはその時思ったの。


  昭和20年8月15日敗戦
  それからどのくらいの日数がたっていたのか・・
  もしかしたらそれは
  収穫が済んだあとの、お祭りだったのかもしれません。

  物心がついた頃には、世の中は、まさに戦争のさなか
  あれはいけない、これもいけない・・
  明かりが漏れるといけないからと
  電燈の笠のまわりに黒いきれをたらし
 
  雨戸も早い時間から閉めて
  ラジオの音もできるだけ小さく!
 〈ほらまた! 大きな声は出さないようにって、いつも言っているでしょ!〉

  ひっそりと、できるだけひっそりと
  着物姿は御法度、だからもんぺを作ってはいて
  家にある貴金属類はすべて供出
  鉄でできているお鍋やお釜もぜんぶ

  みんなが供出した物で軍艦や飛行機を作るんですって・・

  こうしたことのすべてを
  ごくごく当たりまえのことのように感じ、育ってきていたから
  突然のように降ってわいたお祭りの賑やかな音や色彩に対して
  違和感を抱いてしまっていたのかもしれません。


びっくりしていたなっちゃんも
いつのまにかわくわくしながら
おじちゃんやおばちゃんや、お姉さんやお兄さんを見ていたの。
みんなとっても楽しそう!
いろんなお話をしてるみたい・・

太鼓たたいているお兄さんのことを
〈あれも、はたちだろう、そろそろ嫁さんだねえ・・〉
〈いんや、もう決まっている・・〉ですって!

〈はたち〉っていったい何のことだろう!
もしかしたら、ああいうお兄さんたちのことを、
〈はたち〉って呼ぶのかもしれないなあ

でもね、そうだとしたらなっちゃんは
〈はたち〉っていう人は好きじゃない! 
だって、あんな桃色や青色の布を巻いて!
なっちゃんはね、ああいう色はきらいなの。

そんなこんなを思いながら
でも、なんだかうれしくって、じっとしていられなくなっちゃって
あっち見たりこっち見たり
お祭りに集まった人たちの間をとびはねていたの。

そのとき、
〈火事だあ!〉ってだれかがさけんで・・
〈火事だ! 火事だ! 火事だ!〉
あっちでも、こっちでも、みんながさけびだしたの。

びっくりして、みんなが指さす方を見たら・・

ほんとうだっ! 
川向こうの家から煙が出ているのが見えた!
ぼおっと煙が高く上がって、見ているうちに、焔がふき出した!

なっちゃんのまわりにいたおばちゃんたちが悲鳴をあげて
男の人たちは、尻っぱしょりをして走り出していたの。

燃えているお家のまわりを走りまわっている人の姿が
黒く影絵のように見えて・・

でもね、川はとっても広かったから
人の声も物音も、なんにも聞こえてはこなかった。
もくもくふき出す煙も焔も、ゆうらゆうら、天にのぼっていって・・

いつの間にかなっちゃんは、しゃがみこんでしまっていたの。
とっても立ってはいられなくなっちゃった!
いつの間にか、両手でいっしょうけんめい口をおさえていたみたい
じゃないとね、かってに歯がガチガチ動き出すんだから。

戦争は終わったって大人の人たちは言っているけれど、
そんなのうそだ! みいんなうそだ!

いつかの夜、熊谷に
いっぱいいっぱい焼夷弾が落っこってきたときみたいに
あっちもこっちも燃え出したらどうしよう!

とってもとってもこわくって
飛行機は飛んではいないけれど
おっかない音はしないけれど
やっぱりこれも戦争じゃないのかなって思っていたの。




 戦争が終わって ・ もらい湯


〈風呂わいたよ!〉って、近所の子がよびにきたの。
きょうは、ばあばとなっちゃんがお風呂をいただきに行く日。

夏の間、子供たちは庭で行水。
秋に入ってからも、〈すこし寒いわねえ〉なんて言いながら
廊下にたらいを置いて、お湯をはって、入っていたんだけれど
だんだん寒くなってくると、それももう無理!

そして、その頃から、
ご近所のお風呂にお呼ばれするようになっていました。

お風呂のお家は、小川にそってほんのすこし歩いた所にあって
なっちゃん達がついたときには、およその人も来ていて
みんなでお話ししながら順番待ちをしていました。

もう陽も落ちかかっていて、
風はないのにとっても寒い日だったから
みんな、薪をくべた囲炉裏のまわりににじるように座って
自在鈎にかかったお鍋からときどきお湯をくんで飲んだりする人もいました。

順ぐりにお風呂に入る人がいて
出てきた人は、手ぬぐいで首のまわりを拭きながら
〈ああ、いい湯だった!〉
そして、囲炉裏のそばにどっかりと腰をおろして
またまたお話がはじまっています。

やっとなっちゃんたちの番がきて・・
でもなっちゃんは、きょうもお風呂には入らないことにしました。

むかしむかし、赤ちゃんだったなっちゃんを
お湯に落としてしまった人がいたんですって。
それからというもの
〈 お風呂っていうと大泣きに泣くもんだから
あんたをお風呂に入れたくないって、みんなが言うんだよ 〉
って、おとなたちは話していたし
今はもう大きくなったから泣いたりはしないけれど
でもなっちゃんは、何だかお風呂が好きではなかったの。

ばあばもおよその人も
なっちゃんがお風呂に入っても入らなくても、何にも言わなかったから
その日も、一人で遊んでいました。

囲炉裏の部屋と
その隣りのたたみの部屋のまん中に
木を組み合わせた階段が置いてあって、それをあがっていくと蚕部屋
うす暗い部屋にはたくさんの蚕棚が並んでいました。

なっちゃんも前にお蚕さんを一匹いただいて
マッチ箱のお家に桑の葉を敷いて、お蚕さんを入れて
毎日、桑の葉をとりかえて、育てたことがあるの。
お蚕さんは、せっせこ、せっせこ首を振りながら
繭を作っていたけれど、いつの間にか
かくれんぼでもしているみたいに繭の中に入って見えなくなっちゃった !

それでも毎日、気をつけて見ていたはずなのに
気がついたら繭に小さな穴があいていて、中はからっぽ!
がっかりしているなっちゃんを見て
おばあちゃんは、その繭で、小さな飾りを作ってくださいました。

でもこの間、その階段をよじ登って蚕部屋に行ったときには
もうお蚕さんの棚は、ぜんぶ脇に寄せられていて
ほし草が山のように積まれていただけ・・
だからかなあ・・階段の下に立って真っ暗な蚕部屋を見上げていると
ほんわかほんわか野原のにおいがただよってくるようでした。

外はもうまっ暗、暗・・
部屋の中も、薪が燃える赤い火と
たった一つ灯された電燈のまわりだけがほんのり明かるくって
ほかは、どこもかしこもぼんやりねずみ色。

その時、寒うい空気といっしょに、近所のおじちゃんがとび込んできました。

〈おお、さぶさぶ!〉って、囲炉裏に手をかざしていたけれど
大事そうに、懐から何やら取り出して、
〈 ほれ、これ、これ ! これが、新しいお札だよ ! 〉

〈ヘえっ!〉〈どれ、どれ!〉って、囲炉裏のまわりの人たちは
順ぐりにお札を手にとって眺めていたけれど
〈なんだか、ありがたみがうすいねえ・・〉
〈これが、戦争が終わって初めてのお金かい!〉

離れたところから見ていただけでよくはわからなかったけれど
その時〈 ずいぶん細長くって小さなお札 〉って
思ったことだけはよく憶えています。

〈 ばあばどうしたんだろう・・おそいなあ 〉
なんだか急に心配になってなっちゃんは、お風呂場へ大急ぎ
そうっとガラス戸をあけて
〈 ばあば ! 〉・・でもね、返事がない

そこのお家では、物置き部屋のまん中に湯舟が置いてあって
鍬だのすきだの畑で使ういろんな道具もいっしょ。
そして、ランプだったか電球だったか忘れてしまったけれど
小さな明かりが一つだけともっていました。

〈ばあば!〉ってもういちど呼んで
こんどは、板をつたって湯舟のそばまでいって見たんだけれど
お風呂に入ったまんまのばあばは
湯舟のふちに手をかけて、そこに頭をもたげて目をつぶっていました。

はじめは、なっちゃんをびっくりさせようと
寝たふりしているのかなって思ったんだけど
なんだかようすがおかしいの!

耳もとで〈ばあば! ばあば!〉って
なんども呼んで見たけれど、返事もしない!

なっちゃんはもうどうしていいのかわからなくなっちゃって
それでも、みんなにはわからないように
そこのお家のおばちゃんのお袖をそっと引っぱって
〈いそいで来てちょうだい!〉ってお願いしたの。

おばちゃんが見に行って・・
そしたらおばちゃんは別のおばちゃんに耳うちして・・

こんどは、一人のおじちゃんが戸板をはずしたり
おばあちゃんがお布団を出してきたり
何だか、だんだんだんだん、大変な事になっちゃった!

なっちゃんはもう、どうしていいのかわからなくって
何が何だかわからなくなっちゃって・・
ぼおっとつっ立っていただけ。

そしてね、気がついたときには、もうみんなで外を歩いていたの。
二人のおじちゃんが、戸板の前と後ろを持って
ばあばは、お布団をかけてその戸板の上に寝ていたの。
やっぱり目をつぶったまんまだった!

もう一人のおじちゃんが、提灯を持って先頭にたって
みんなの足元を照らしてくださっていて・・

なっちゃんの肩をだきかかえるように歩いていたおばちゃんは
〈よく知らせてくれた・・いい子だったねえ・・
大変な事になっていたかもしれない・・〉ですって。

小川の音が、いつもより大きく聞こえるみたいだなあって思いながら
お空を見あげたなっちゃんの目に
たくさんのお星さまがとびこんできました。
きらきら、きらきら、森にかこまれた空いっぱいに
たくさんのお星さまがかがやいていました。

その時なっちゃんはふいに、大昔見たきらきら夜空を思い出しました。

ばあばがよく
〈 なっちゃんが水疱瘡になったとき 〉って話していたけれど
〈 真っ赤な顔をしているから熱をはかったらとても高くて
じいじがおぶってお医者さんに行ったのよ。そしたら、水疱瘡だったの 〉

その頃まだ小さかったなっちゃんは
なんどその話を聞いても、何も憶えてはいないと思っていたけれど
でも、小川のほとりを歩きながら
たくさんのお星さまを見ているうちに、ずっと前にも
〈 こんなふうなお空を見たことがあった・・〉って思ったの。

あのとき、ねんねこ半てんにくるまれて
ゆらゆらおんぶされていたなっちゃんは
真っ黒なお空と、お星さまを見ていたの。
お空にいっぱいのお星さまは
とっても明かるくってまぶしいくらいだった。

そのときの星空を思い出しながらなっちゃんは
夜のお空って、まっ黒、黒じゃなくて、とっても濃い
すいこまれてしまいそうにとっても深い青色なんだなって思ったの。
ほうらこんな風に、今見えているお空のように !







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