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田染幸雄の世界 自然との語らい

 
17
 
小学生時代は転校が多く
埼玉の国民学校で過ごしたのはほんのわずかな期間でしたが
それでも、思い出す事々があります。


展覧会のこと

なっちゃんが描いた
“ ぬいぐるみの熊さんの絵 ” を持っていらした先生が
〈 この絵を展覧会に出品したいのですが
もう少しはっきり描けていたら、もっと良くなるような気がします。
“ りんかく ” を黒でしっかり描いてみたらどうかしら・・ 〉
とおっしゃいました。

その日先生が〈 残ってください 〉っておっしゃった時
みんなといっしょに帰れないのはつまらないことだけれど
あの土橋のところで
待ちぶせしているかもしれない男の子たちのことを思うと
ああ、よかった !
 
もしつかまえられたらたいへん、たいへん
走って走って、逃げなければならないでしょ。
だから、お残りさせられて
いじめっ子に会わずにすんでよかったなあ、って思ったの。

それに、展覧会ですって !
展覧会って、きっといいことにちがいない !
何だかわくわくしてしまう !

熊さんの絵を見ながら先生は
〈 りんかくを黒でぬってごらんなさい、もう少し絵がしっかりしますよ 〉

〈 ほんとうだ、そうかもしれない !
熊さんはほんわか茶色、この紙もうすい茶色だから
黒いクレヨンでぬったら
熊さんは、もっとはっきり、かわいらしく見えるにちがいない ! 〉

いつのまにか先生は、ご自分の机で、本を読んでいらっしゃいます。
なっちゃんはクレヨンを持って、なんだかドキドキしながら
紙のすみのほうから、そおっと、そおっとぬりはじめました。

ほらね、ほうら・・ぬって、ぬって・・

しばらくして、なっちゃんの絵を見にいらした先生は
〈 ああら、たいへん、どうしましょう!
りんかくって言ったはずなのに・・背景をぬってしまったのね ! 〉

〈 りんかく ? はいけい? 〉
なっちゃんには、どういうことなのかさっぱりわかりませんでした。

〈 見てあげていなかったのが悪かった・・あのね・・
りんかくというのは、縁取りのこと、今ぬっていたところが背景。
いいわ、何とかしてみましょう・・ 〉

消しゴムを持っていらした先生は
なっちゃんがぬった黒い色を、ゆっくりゆっくり
ていねいに、ていねいに消そうとされていらしたけれど・・
あきらめたように
〈 だめねえ、紙が破れてしまう・・
何とか考えてみましょう。いいからあなたはお帰りなさい 〉

なっちゃんはそのとき先生に
何とお返事したらいいのかわからなくて
〈 さようなら 〉を言っただけで、そおっと教室を出てしまいました。

でも、校門に近づくころには
絵の事はもうどうでもよくなってしまって
それより何より、
男の子たちがまだ待ちぶせしているかどうか
そっちのほうが気になってしまっていました。

そおっと門を出て、右を見て、左を見て・・でもね、だあれもいない! 
右も左も、まっすぐな道が、ずうっと続いているだけ・・

何だかきゅうにさびしくなってしまったなっちゃんは
石をポーンとけって、とぼとぼ歩き出していました。

歩きながら、男の子たちにいじめられたことって
ほんとうにあったかなあって考えていました。

追いかけられてにげているうちに
みんないっしょになっちゃって
ほうらいつかなんて、みんなで桑畑に入って
桑の実を食べた事があったじゃない!

〈 黒くなった実が甘くておいしいんだよ 〉って
教えてくれた子もいたし・・
あの、つぶつぶがいっぱいついた桑の実・・

なっちゃんは、上(かみ)のおばあちゃんのお家の
垣根のところにあったぐみの木のことも思い出していました。
あの甘ずっぱい鬼ぐみの実・・
考えただけでほら、つばがわいてきました。

一人でとぼとぼ歩きながら
だんだんつまらなくなってきたなっちゃんは
思いっきり遠くまでって・・小石をけとばして
それから走り出していました。
トットコ、トコトコ、カッココ、カッココ・・
下駄の音が、なっちゃんを追いかけてくるみたいでした。






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