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田染幸雄の世界 自然との語らい

 
16
 
これも、埼玉に疎開していた小学校1年生の時の思い出です。


DDT のこと

〈 ほんとにはずかしいったらなかったわ !
私たちの教室のそばを、こんなみっともないかっこうで通るんだから !〉

学校から帰ってくるなりお姉ちゃんは、怒りに怒っています。

でもね、本当にはずかしくって泣きたい気持だったのは
私なんだからって思いながら
なっちゃんはじっと下を向いていました。

お母さんは、ぐっと口を結んだまんま
ドラム缶に水を張ってお湯をわかしています。

ついさっき
学校から帰ってきたなっちゃんの姿を見たときの
お母さんの顔といったら・・目を見張ったまんまのお母さん。
なっちゃんはやっとの思いで言いました。
〈 DDT・・  シラミがいるんだって・・ 〉

髪の毛は、引っかきまわされたままだから
おっ立っているかもしれないし
衿を引っぱられて中のほうまで薬を吹き込まれたから
きっときっと、体じゅうまっ白、白・・かもしれないし。

〈 DDT ですって・・ 〉
なっちゃんはもう一度、小さな小さなつぶやくような声で言いました。

だってお母さんは、ぎょっとしたように目を見張ったまんま
なっちゃんを見つめているだけだったし
なっちゃんだって気持ち悪くって怖くって
大きな声なんて出せやしない・・
お薬のいやあな匂いがなっちゃんの体中にまとわりついていて
のどの奥の方までいがらっぽくって、なんだか息も苦しいくらい。

ドラム缶から湯気が上がりはじめたのを見たお母さんは
〈 ほらそんなところにいつまでもつっ立ってないで
井戸端に行って、着ている物を全部ぬぎなさい ! 〉

〈 ほら、目つぶって・・耳をおさえて ! 〉
お母さんはなっちゃんの頭の上から何杯もお湯をかけて
石けんつけてごしごし洗って・・本当に怒っているみたいでした。

今日学校でいったい何があったのか・・
なっちゃんにはもう、何がなんだかわからなくなってしまいました。

〈 これから頭髪検査があります 〉って先生がおっしゃって・・

整列してべつのお教室に行ったら
白い上着を着てマスクをかけた男の人が
みんなの髪の毛をひょいと持ち上げては
“ はい、こっち ” “ はい、あっち ”って手だけで合図して・・

なっちゃんも片方の列に並んで
言われるままに部屋に入っていくと
その部屋には、ほこりのようなものがもうもうとたちこめていました。

そして白い上着を着てマスクをかけた男の人たちが
みんなの髪の毛をかき分けるようにしながら
フマキラーで シュウシュク 、シュウシュク  薬をかけています。

見ているだけで息苦しくなってしまったなっちゃんは
あわてて両手で口を押さえ、目をつぶってしまいました。
でもね、肩を引っぱられて
みんなとおんなじように、薬を吹きかけられて・・

きっと、みんなとおんなじような
真っ白々のお化けみたいな頭になってしまったんだろうなって思ったら
もうお教室に帰るのがいやでいやでしょうがなくなってしまって
いっしょに出てきた子に 〈 もうお家に帰ろう ! 〉
その子も〈 うん、そうしよう ! 〉って・・

誰にも見つかりませんように・・
二人ともかがんで、かがんで、できるだけ小さく、小さく
そおっと外に出たかったのに・・

その日はもう、学校中授業なんてしていなかったみたい
あっちの窓、こっちの窓からいろんなお顔がのぞいていて
なっちゃんたちをはやしたてているみたいでした。

きっとそのとき
お姉ちゃんの教室のそばも通ってしまって
お姉ちゃんにはずかしい思いをさせてしまったのかもしれないけれど
でもね、二人とも
少しでも早く学校から逃げ出すことばかり考えていたから
しかたがなかったの。
ほんとにほんとに、もうどうしていいのか
わからなくなってしまっていたんだから・・

 
   DDT については、これだけのことしか憶えていませんが
  もし本当に虱がわいていたのなら、
  何らかの後日談があったはずです。
  ということは、検査がいいかげんだった・・
  ふけか塵がついていたのを見誤っただけかもしれません。
  その当時の私たち
  野原をかけまわって遊んでいた小さな子供たちは
  きっと泥だらけだったことでしょう。
  それに、現在のように
  毎日お風呂に入れるような状態ではありませんでしたから。




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